私のおすすめの本
三浦綾子のエッセイ集『一日の苦労は、その日だけで十分です』の中から一編を紹介させて頂きます。
ある日、綾子さんに一通のはがきが届きました。
私こと
この度死去いたしましたのでご連絡申し上げます。〇〇頃より体力が衰え手厚い看護を受け○○日に〇〇歳でこちらへ参りました
お受けした温いお心ありがとうございました
片岡ハル 冥土の地にて
あの世からの手紙ですから、綾子さんも驚きます。笑わせ上手の片岡さんの冗談かと思われましたが、そうではありませんでした。手紙は自筆のコピーで娘さんからの添え書きがあり、亡くなってから一ヶ月後に投函するようにとの遺言があったとのことでした。
実は、私も縁あってこの手紙を片岡さんから頂いていたのです。大変驚きましたが、何と格好いいのだろうと思った記憶があります。
この片岡ハルさんは、綾子さんが療養していた旭川の結核療養所「白雲荘」の婦長さんをされていた方です。心が沈みがちな患者さんたちをいつも笑わせ、療養所内は明るくなっていきました。男性患者がニセ医者に、綾子さんがニセ看護婦に扮して、新しく入所した患者さんを皆でだまして笑い合うことができたのも、片岡婦長の人柄、存在が大きかったと書かれています。この頃の綾子さん、生きることに否定的な思いを持っていたのですけれど、片岡さんとの出会いは、少なからず後の綾子さんのお考えに影響があったのかもしれませんね。
綾子さんは、「この手紙を真似て格好よく去って行きたいけれど、どこかニセ者臭さがあって、片岡さんのようにスッとこの世からあの世へ移っていくのは無理だ」と思われたそうで。
このエッセイは死について書かれていますけれど、淋しさや暗さを感じさせずに共感できました。
ちなみに片岡ハルさんについては、エッセイ集『私のあかい手帖から』にも書かれていて、心がほっこり暖かくなります。これも私の大好きな一冊です。綾子さんの感性と想いがたっぷり詰まっています。
『一日の苦労は、その日だけで十分です』のどこかに一日の貴方の想いを軽やかにしてくれる一編がきっとあります。どうぞ愛読書になさってください。
綾子さんがまだパーキンソン病を発病される前に、三浦光世さん・綾子さんをお尋ねして、沢山のお話をさせて頂き、ずっと手を握って下さっていた感動は、何年経っても色あせません。そして今、三浦文学案内人として綾子さんの愛を日々感じながら、この不思議なご縁を大切に文学館と関わらせて頂きたいと思います。
by 三浦文学案内人 山川弘子