【案内人ブログ】№82(2024年6月) 「三浦綾子のつどいを終えて」  記:工藤和恵 

案内人ブログ

こんにちは。案内人の工藤和恵です。

6月15日(土) 旭川公会堂で、三浦綾子生誕102年・三浦光世生誕100年を記念して、音楽と会話劇による「三浦綾子のつどい」が行われました。旭川を中心に活動するゴスペルクワイア、クリスタルオブジョイ(COJ)のゴスペル曲があり、バイオリンとピアノの演奏と共に、『道ありき』を会話劇で表現し、最後には三浦夫妻が生きた歩みのスライドがスクリーンに映し出される構成でした。私は、朗読劇団「くるみの樹」に所属して会話劇をさせていただきました。『道ありき』は、三浦綾子ファンなら誰もが知る三浦綾子文学の根幹になる重要な作品です。私自身も人生のターニングポイントで、この作品に生きる力を与えられた一人です。ですから、激動の青春時代を過ごした自伝小説を朗読劇で、演じることができたのは実に感謝でした。一人でも多くの方に綾子さんが伝えたかった言葉が伝わるようにと精一杯演じましたが、来場された方の中に「まるで完成された映画を見終わったような充実感と感動があった。」という言葉をいただき、喜びでした。当日の来場者は、驚きの500人超え。現代にも十分に伝わる感動に改めて、作品の素晴らしさと愛を感じました。

さて、『道ありき』は、敗戦により道も真理も命も失った綾子の心身が荒れ果てた末に、幼馴染のクリスチャン青年前川正の愛によってキリストに出会い、そして前川の死後、三浦光世と出会い結婚するまでを描く自伝小説ですが、彼女が変えられていくきっかけになった前川正は旭川の春光台の丘で綾子をいさめ、彼女を救うことのできない自分の不甲斐なさにいたたまれず、自分の足を石で打ち続けました。そのとき綾子はその姿の背後に「今まで知らなかった光を見たような気がした」と書いています。心も体も傷ついた綾子はこの体験から魂の再生をし始めるのです。そして綾子は変わり、真実の愛を知り前川正の死をも乗り越えられる生きる力が育っていったのでした。突然ですが、あなたは自分を愛して、心を尽くして、自分を変えようとしてくれた人を失った経験はありますか?私はあります。若い頃、前川正と同じ医大生でどうしようもなかった自分を変えようとしてくれた人を交通事故で亡くしました。自分を救おうとしてくれた人を亡くす深い悲しみと絶望、そこから立ち直るのは容易なことではありません。綾子は慟哭の一年を過ごします。悲しみも何もない人生は深みのない人生ではないでしょうか。慟哭は人を突き落とし、そして這い上がらせて、人格を育てると思います。だからこそ「私はあの人が生きたかったように生きなければならない」とその後、綾子は変わっていけたのだと思います。そして、綾子には三浦光世という人が与えられました。光世は「愛するか?」と問われた日から、綾子へ誠実な愛を注いで、綾子を一生支える力が与えられ、その声に応答する日々となりました。光世には光世のそのように「生きよ」という使命を果たす一生がこの日に与えられました。ああ、この人はその答えをその行動で示し応答し終えた生涯だったのだと、先日、難波事務局長のギャラリー案内を聞いて急に腑に落ちました。人生、どんなに色々な困難があっても本当に人には必ず、その人なりの道が備えられているのです。そう思うとこれから何が待っているのかと、まだまだ自分の人生が楽しみになります。もう人を愛することができないような気持ちでいる方、人生に迷い、つまずき傷つき自分に絶望しているような方にこそ、『道ありき』を読んでもらいたい。前川正の命がけの愛、三浦光世の誠実な愛、こんな愛があることに胸を打たれて自分が変えられていく体験をしていただきたいです。『道ありき』を通して、自分にも道はある、だから信じて生きて行こうと、綾子さんに力づけられてください。読む方に力と希望と光を受け取って欲しいと思います。今年度、文学館では三浦光世生誕100年を記念して、「三浦綾子文学を照らした三つの光」の企画展を開催しています。三浦光世の綾子を支え共に歩んだその姿を味わうことができます。どうぞ一度ご覧ください。

                              By 三浦文学案内人 工藤和恵       

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