コロナ禍の中で年が明けて、文学館から「オンラインガイドをやってみないか」と電話があり、久しぶりに文学館に行った。案内人の仲間とも再会し、旧交を温めあった。
文学館では、昨年2020年が終戦75年であることを記念して特別展を開催している。綾子さんの作品の中から『銃口』と『青い棘』の二つの作品を取り上げ、戦争と平和について考えてみるという展示である。私は1月21日と28日のオンラインガイドに参加したのだが、今回は特に特別展の『銃口』のあるコーナーについて考えさせられることがあった。それは文学館職員の齋藤さんが製作した体験コーナーで、主人公北森竜太と山田曹長が朝鮮人抗日分子に捕らえられた場面を等身大の人形パネルで再現したものである。実に見事といっていい出来映えで、来館者は銃口を突きつけられる気分を味わえる、というものである。
文学館が『銃口』の中から特にこの場面を選んだというのはよく理解できる。竜太は捕らえられてすぐに、その隊長が、かつてタコ部屋から脱走してきたところを、竜太の父が助けて匿った朝鮮の青年・金俊明であることを知る。奇遇というべきか。金俊明は命懸けで自分を助けてくれた恩人の息子であるからと、今度は自分が何とかして竜太を日本に帰したいと言うが、抗日分子の仲間はなかなか納得しない。その時に金俊明が言った言葉の数々が実に感動的なのである。
それは、日本文学史上において、なかなか現れることがないほどの感動的な場面であったと言っては言い過ぎになるだろうか。
現状において、日韓でギクシャクする場面は今尚多いことは周知の事実だ。そして日韓の関係は綾子さんが書いたような美しいイメージの段階には未だ至っていない。しかしながら、それでも綾子さんが『銃口』であのように書いたことの意義は少しも失われてはいない。
終戦間際のどさくさにソ連が侵攻してきて、『銃口』の竜太たちのような兵士だけでなく、満州居留民団を中心とした民間人の逃避行が始まった。満州は阿鼻叫喚の巷と化した。
それを体験した一人に作詞家・なかにし礼さんがいたことを、オンラインガイドでも紹介させて頂いた。先日、BSで、なかにし礼さんが亡くなる3年前に出演されていた「武田鉄矢の昭和は輝いていた」という番組が、なかにしさんへの追悼をこめて再放送された。その番組の中で、なかにし礼さんは、弘田三枝子さん(この方も昨年逝去された)が歌った「人形の家」は、満州からの逃避行の中で自分が実際に体験したことを失恋ソングという形をとって表現したものだ、ということを語っていた。そしてこの歌が大ヒットをしたのは、背景にあるリアリティーに皆が共感したからだろうと言っていた。司会の武田鉄矢さんが驚嘆したような叫びをあげていたのを思い出す。同様の体験を作家の五木寛之も敗戦の時に北朝鮮にいたことにより、体験している。
今回、オンラインガイドという企画がもたれたのは、コロナが社会に与える危機がなかなかおさまる気配が見えないからであった。文学館では毎年行っている案内人養成講座も開催中止とした。1月末の現時点で二度目の緊急事態宣言がいつ頃解除されるのかという見通しは立っていない。
しかし、「明けない夜はない」とも言う。じっと耐え忍び暖かい春が来るのを待とうではないか。
by 三浦文学案内人 三浦隆一
★次回のオンラインガイド開催は、以下の通りです。
2021(令和3)年2月13日(土)午後1時と午後2時からの回(各約40分)
2021(令和3)年2月23日(火)午後1時と午後2時からの回(各約40分)
開催日によって担当ガイドは異なりますが、プログラムは同じです。
ご都合のよい日時にご参加ください。
みなさまのご参加をお待ちしております。
ご不明点がございましたら、三浦綾子記念文学館まで電話・FAX・メールでお問い合わせください。